【訃報】元フィギュアスケートアイスダンス日本代表クリス・リード氏が死去!これまでの功績を紹介します | VODの殿堂

スポーツ

【訃報】元フィギュアスケートアイスダンス日本代表クリス・リード氏が死去!これまでの功績を紹介します

   
 

3月17日、日本スケート連盟はフィギュアスケートのアイスダンス日本代表として活躍し、2010年バンクーバー五輪、2014年ソチ五輪、2018年ピョンチャンオリンピック(平昌五輪)に出場したクリス・リードさんが、日本時間15日午前0時20分にデトロイトで心臓突然死のために亡くなったと発表しました。

30歳の若さでこの世を去ったのです。

日本スケート連盟の長島昭久会長は

突然の訃報に大変驚いております。長年に渡り日本のアイスダンスの発展に貢献していただいたクリス・リードさんに改めて深く感謝の意を表しますとともに、ご家族の皆様に心からお悔やみを申し上げ、リードさんのご冥福をお祈りいたします

とコメントしています。

日本のために偉大な功績を遺してくれたクリス・リードさんの活躍を振り返ってみましょう。

アイスダンス日本代表としての功績

2010年は、姉のキャシー・リードとのペアで出場したバンクーバー五輪は17位、2014年はソチ五輪で21位という成績しか残せませんでした。

そして、2015年から村元哉中(かな)とペアを組み、ネーベルホルン杯で2位になっり、その後、全日本選手権で3連覇を達成したことで平昌オリンピックフィギュアスケートのアイスダンス日本代表に選ばれたのです。

また、四大陸選手権では日本勢初となる銅メダルを獲得します。

2018年の平昌オリンピックでは、日本勢最高タイとなる15位に入ったのです。

2018年8月に、方向性の違いにより村元とのカップルを解消したことが日本スケート連盟から発表されました。

2019年12月31日に現役引退を発表し、姉のキャシーさんと共に、後進の指導などを行っていたところでした。

原点は二子玉川!村元との出会いは?

クリス・リードさんはアメリカ人の父と日本人の母との間に、1989年7月7日にアメリカ・ミシガン州のカラマズー市で生まれました。

東京の二子玉川で競技を開始し、最初はアメリカのノービス大会に出場していたのです。

2006年・2007年シーズンより日本を拠点にし、スケーティングを磨いて姉のキャシーとペアを組み、2007年から全日本選手権4連覇します。

その後、負傷欠場した2011年を挟み、2012年から再び3連覇した第一人者だったのです。

クリス・リードさんは、身長は185センチ、体重78キロの体格を生かし、ダイナミックな演技を売りにしており、2012年の国別対抗戦(団体)で優勝するなど世界の舞台でも活躍しています。

2015年春に姉のキャシーが引退し、代わりの相棒を求めて日本スケート連盟を通じてトライアウトを実施します。

そこで、村元哉中(かな)と出会い、ペアを結成したのです。

あまりにも急な訃報だったために、関係者からは驚きと悲しみの声が上がっています。

アイスダンスを日本に根付かせたクリス・リードさんに思うこと

普段そこまでフィギュアスケートを見ることのない筆者ですが、クリス・リードさんは覚えがあります。

そんな元選手が30歳で心臓突然死のために亡くなったことを聞き、驚きを隠せません。

日本代表として、一時代を作り上げた選手がこの世を去ってしまったことを今でも信じられないのです。

引退してからまだ3か月という突然の出来事に、後進たちも受け入れられずに戸惑っているでしょう。

近年、若年層でも心臓突然死が増えているといいます。

現代の食生活の乱れによるものと言われていますが、体づくりや食生活にも気を使っていたと思われるアスリートがこのような突然死をすることにも驚きました。

日本のフィギュアスケート界を牽引してくれたクリス・リードさんのご冥福をお祈りいたします。

もし世界フィギュアスケート選手権2020が開催されていれば、クリス・リードさんの追悼セレモニーがあったかもしれませんが、大会中止が発表されています。

なにかの機会にクリス・リードさんの功績を振り返ることがあってほしいと思います。

世界フィギュアスケート選手権2020中継の代替番組はこちら

スポーツ好きの方はこちら

DAZN(ダゾーン)

動画配信サービスは数あれど、ライブスポーツが一番観られるのがDAZN(ダゾーン)。月額1,750円(税抜)でライブスポーツが楽しめます!初回登録なら1ヶ月お試し0円!

詳細はこちら
スポンサーリンク
 

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP