「世界から猫が消えたなら」のあらすじ・感想・ネタバレ~1日の命とひきかえに世界から何かが消える。余命少ない青年が気づいた、本当に大事なものとは?~ | VODの殿堂

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「世界から猫が消えたなら」のあらすじ・感想・ネタバレ~1日の命とひきかえに世界から何かが消える。余命少ない青年が気づいた、本当に大事なものとは?~

   
 

タイトル:「世界から猫が消えたなら」
公開:2016年
監督:永井聡
出演:佐藤健・宮崎あおい・濱田岳・奥野瑛太・石井杏奈・奥田英二・原田美枝子 ほか
視聴したVOD:dTV(2018年10月15日時点では視聴可)

原作は川村元気の小説で、本屋大賞にもノミネートされた感動作の映画化です。

余命宣告を受けた「僕」の前に、現れた自分そっくりの悪魔。
世界から何か一つ消す代わりに、1日寿命を延ばすという取り引きをしてしまう。
毎日何かが消えていき、1日生きながらえる自分。
「世界には不要なものがたくさんある」
悪魔はそういうが、消えたものは本当に要らないものだったのか?

主演の佐藤健は、僕と悪魔の一人二役を好演。
共演には、宮崎あおい、濱田岳を始め、奥田英二、原田美枝子らベテラン俳優が脇を固めています。

「生きる」という本当の意味、大切な人との絆を描いた感動作!
あらすじと感想をまとめてみましたのでご覧ください。

『世界から猫が消えたなら』配信先一覧
動画配信サービス 配信状況 見放題 配信先
U-NEXT
hulu
dTV 視聴ページ
Amazonプライム・ビデオ 視聴ページ
※配信状況は2019年11月9日(土)時点のものです。

【あらすじ】

『もうすぐ僕は死ぬ』

世界から猫が消えたなら、この世界はどう変わるのだろうか?
世界から僕が消えたなら、一体誰が悲しんでくれるのだろうか?

郵便局で郵便配達員として働く「僕」(佐藤健)は、映画鑑賞が唯一の趣味の平凡な青年だった。
未来は過去と同じでこれからも続くものだと思っていたし、そもそも未来について考えたことも無い。
明日の朝が来るのは当たり前だと思っていた。
ある日の仕事帰り、いつものようにレンタルビデオ屋で学生時時代からの友人ツタヤ(濱田岳)からおすすめの映画を借りて、自転車を走らせる。
しかし、突然僕の視界が歪みはじめ、意識が遠のき自転車ごと転倒してしまう。

病院で「脳腫瘍」だと診断された。
腫瘍は悪性でかなり肥大しており、手術も不可能。いつ何が起きてもおかしくない状態だ。
「僕、死ぬんですか?」
その問いに医師からは「一刻も早く入院して精密検査を」と言われ、それだけで病状の深刻さが伝わった。
医師の言葉を遮り、僕は泣きながら病院を飛び出す・・・、という妄想が頭をよぎったが、実際には僕はひどく落ち着いていた。
あまりにも残酷な現実を突きつけられると、人は逆に冷静になってしまうのだ。
これから何本映画が観られるのだろう?
何冊の本が読める?
シャンプーはまとめ買いしたばかりなのに・・・。
そんなことばかり考えていたのだ。

『悪魔との取り引き』

帰宅すると、愛猫のキャベツがいつものように迎えてくれた。
さらにもう一人、「おかえり」と迎えてくれた自分と同じ顔をした男に、僕は驚いて飛び上がる!
男はさも可笑しそうに、「みんな、そういうリアクションなんだよな」と意地悪く笑う。
自分そっくりの男は、明日僕が死んでしまうことを伝えにきた「悪魔」。
悪魔は、僕が死なないで済む方法を教えにきたのだ。
「この世界から一つだけ何かを消す。その代わりに一日の命をやる」
そうやって寿命を延ばすという取り引きを持ちかけられ、僕は承諾した。

しかし、何を消すかは悪魔が決める。
悪魔は最初に消すのものを「電話」に決めた。
明日、世界から電話が消える代わりに、僕の命が1日延びる。
悪魔は、最後に誰かに電話をかけなくていいのか?と言い残して消えていった。

『別れた彼女と電話』

僕が最後に電話をかけたのは、別れた元彼女(宮崎あおい)だった。
翌日、彼女の職場である小さな映画館の前で待ち合わせをした。
「なぜ、電話をしてきたの?」と聞く彼女に「例えば、世界中から電話が消えるとして、最後に誰にかけたいか考えた」と答える僕。
たとえ話じゃないと話ができないところが変わっていない、と少し非難めいた彼女の言葉に、僕はますます喋れなくなった。

喫茶店に入ったが、会話もなく黙り込んでしまう二人。
しかし、さっきからモゴモゴと口を動かしているのを彼女に指摘され「今朝、銀歯が抜けたから・・・、ごめん」と謝ると、彼女は思わず吹き出してしまう。
少し空気が和み、二人は昔話をはじめる。
二人の出会いは、彼女からの間違い電話だった。
電話越しに、僕がビデオで観ていた映画の音が聞こえ、彼女がついその映画の結末を教えてしまったのだ。
お互い映画好きで、そして偶然にも同じ大学に通う学生だったことがわかり、自然と距離が縮まって交際することになった。
デートでは恥ずかしくてろくに喋れなかった僕だったが、電話だと何時間も楽しく話すことができた。
一晩中電話をして、翌日のデートでは電車で二人して眠ってしまい、降りる駅を乗り過ごすこともあったほどだ。
別れ際に、彼女は言った。
「さっきのたとえ話だけど、世界から電話は消えてほしくないな」
電話は二人の出逢いと、楽しかった日々の思い出だから。
それを聞いた僕は、自分が脳腫瘍でもうすぐ死んでしまうことを彼女に話してしまった。

僕と別れて一人部屋で想いふけっていた彼女は、一通の手紙を取り出してポストに投函をする。
その頃、電車で帰宅中の僕の前に悪魔が現れて、電話が消されてしまった。
僕の電話だけでなく周囲の人達が持っていた電話も消えてしまう。
慌てて電車を降りると、街の公衆電話も消え、携帯ショップは文房具屋に変わってしまった。
僕は彼女の勤める映画館に戻ったが、そこにいた彼女は僕のことを忘れていた。
電話が消えたことで、電話にまつわる思い出や絆も消えてしまったのだ。

『親友と映画』

悪魔が次に消すものを「映画」に決めた。
大好きな映画が消えてしまうと、また思い出も消えてしまうのか・・・。
僕は、親友との出逢いを思い出していた。

大学時代、教室でいつも一人で映画のパンフレットや「キネマ新報」を読んでいたタツヤに僕は声をかけた。
元々映画好きな僕だったが、タツヤの映画への愛情と知識はその比ではなかった。
後日、タツヤは僕に「君にぴったりの映画だ」と、おすすめの映画のDVDを貸してくれた。
「次も用意してある」と言うタツヤに思わず、「ツタヤみたいだな」と呟く僕。
「映画は無限にある。だから、このやりとりは無限に続く」と、タツヤは言う。
その言葉通り、僕とタツヤ改めツタヤの関係はずっと続いていた。

僕は、ツタヤの勤めるレンタルビデオ屋に行き「死ぬ前に見るべき1本の映画を選んでほしい」と頼む。
そんなの1本だけなんて選べない、と言うツタヤに僕はなおも頼む。
「世界から映画が消えてしまう、その前に何を観たらいいのか選んでくれ」
親友に死が迫っていることを知ったツタヤは、必死で最後の一本を探した。
店内に散乱したDVDを見て、驚く店員にツタヤは呟く。
「あいつが観る映画を選ぶのが僕の役目だったのに、けど、見つからないんだ」
さっきから探してるのに、ずっと探してるのに、どうしても見つからない・・・。
必死でDVDを漁りながら、ツタヤは途方に暮れていた。

しかし、また悪魔が現れて世界から映画が消えてしまった。
彼女の勤めていた映画館は消え、ツタヤの店は本屋に変わってしまう。
映画にまつわる思い出も消えたので、ツタヤは僕のこをも忘れてしまっていた。

『トムさんの思い出』

一日生き延びることとひきかえに、大事なものがどんどん消えていく。
消えるのは物だけではなく、大切な人達との関係までも無かったことになってしまう。

僕は、大学時代に彼女と一緒にブエノスアイレスに旅行をした。
その時に、バックパッカーのトムさんという日本人男性と仲良くなり、異国の地で一緒に楽しく過ごしたのだった。
自由な人生を送るトムさんだったが「別れは苦手だ」と最後には涙を見せていた。
しかし、必ずどこかでまた会える、と別れた直後にトムさんはトラックに轢かれて死んでしまった。
トムさんが消えても世界は何も変わらない。
しかし、トムさんの死は僕と彼女に深い悲しみを残し、生きることを見つめさせた。
だが、彼女との関係が消滅した今では、そんなトムさんとの思い出も消えてしまっている。
僕が世界から消えたとしても、誰も悲しまず何も残らないのだろうか・・・?

『母の死とレタス』

次に悪魔が消したのは「時計」だった。
何かが消えることに半ば麻痺してしまった僕は、時計が消える様も傍観するだけだ。
悪魔はそんな僕に微笑み、「次は、世界から猫を消す」と言う。
僕は、キャベツを抱き寄せながら両親のことを思い出していた。

僕の父親は時計屋を営んでいた。
頑固で寡黙な時計職人の父(奥田英二)と、いつも優しかった母(原田美枝子)。
僕が小学生の頃、拾ってきた子猫を猫アレルギーだった母は飼うことを許してくれた。
レタス、と名付けられた猫は僕よりも母に懐き、母もレタスを愛情深く育てていた。
しかし、母は重い病気にかかってしまう。
まるで何かを察知するように、餌を食べなくなったレタスは静かに息を引き取ってしまった。
レタスがいなくなり、すっかり気力が無く寝込むようになった母だったが、ある日段ボールに入った子猫が庭先に置かれていた。
母は、レタスによく似た子猫を抱いて喜んだ。
キャベツと名付けたその猫と、母亡き後に僕はずっと一緒に暮らしていた。

母が亡くなる前に、家族で旅行をしたのだが、予約していた宿がなぜか満室で泊まれなかったことがあった。
父が必死に近くの宿を探し、予定していた宿よりもずっと劣る小さな旅館に泊まることになった。
せっかく母を喜ばせたかったのに、と意気消沈していた僕に、母は一通の手紙を差し出す。
それは自分がいなくなった後のことを書いた手紙で、遺書みたいだからやめて!と僕は受け取らなかった。
それから、母が入院して亡くなるまで、父は一度も見舞いに来なかった。
既に息を引き取った後で「直ったぞ」と母に腕時計を渡す父に、僕は激しく怒りを覚え、それ以来父とはずっと話さず仲たがいしたままだった。

『遅れて届いた手紙』

そんな母との思い出からふと我に返ると、キャベツがいなくなっていた。
雨の中、外へ飛び出し必死に探すも見つからない。
しかし、アパートに戻るとポストの上にずぶ濡れのキャベツが座っており、僕は安堵した。
キャベツを抱きしめ部屋に入ろうとしたが、ポストの中に一通の手紙が入っていることに気付く。

手紙の中には、もう一通手紙が入っていた。
それは、あの旅行の時に母が自分に渡そうとしていた手紙だ。
自分の死を覚悟していた母は、死ぬまでに何をしたいのか考えた。
しかし、自分がしたいことは全て息子にしてあげたいことばかり。
だけど、もう何もしてあげられないことを悔いた母は、僕の素敵なところを全部その手紙に綴ったのだった。
僕は、手紙を読みながら旅行中に母と一緒に見た海を思い出していた。
母はあの時、こう言った。
「お父さんがね、あなたが生まれた時にあなたにありがとうって言ったのよ。生まれてきてくれてありがとう、って」
僕は、母がいなくなることの不安でその言葉をちゃんと受け止めていなかった。
今までずっと家族のため、僕のために生きてきた母のことを思うと、何もしてあげられなかった自分が無性に悔しかった。
泣き出した僕に「相変わらず泣き虫ね」と母は笑う。
しっかりしなさい、私はもうすぐいなくなるのよ、と。
母は腕にキャベツを抱いて「人間が猫を飼っているんじゃない、猫が人間の側にいてくれる」と言い、僕にキャベツを託した。
僕にではなく、キャベツに「この子(僕)をお願いね」と笑いながら。

「悩んで悩んで、最後には正しい答えを出すことができるあなた
いつまでも、あなたの素敵なところが、そのままでありますように・・・」
母の手紙に書かれた最後の言葉を、僕はそっと抱きしめて泣いた。

『悪魔の正体は・・・』

僕は、長い間しまっていた一枚の写真を取り出して見つめた。
ブレてしまっている、あの海での母と僕の写真。
顔を上げると、あの日の海辺に僕はいた。
父が、母と僕にカメラを向けて写真を撮っている。
涙を堪え震える手で撮った、この一枚の写真。

「ありがとう」
僕は背後から近づいてきた悪魔に向かって言った。
「ありがとうって?」そう、聞き返す悪魔に僕は答える。
「あなたのおかげで、この世界がかけがえのないものでできてるって知ったから」
だから、猫は消さない。
悪魔は、もう一人の僕だ。
死を受け入れられなかった、もう一人の僕。
だけど、今の僕は自分の寿命を受け入れて死ねるのは幸せなことだと知っている。
「ありがとう、で終わる人生も悪くないな」
悪魔はそう言って、消えた。

『世界から僕が消えても』

翌日、僕はお礼を言うために彼女の元へ向かった。
母からの手紙を送ってくれたのは彼女だったのだ。
付き合っていた当時、母と仲が良かった彼女は手紙を母から預かっていた。
僕が本当に困った時に渡してほしい、と。
「あなたに会えてよかった」
彼女はそう言って、僕を抱きしめた。

次に、僕はツタヤの元へ向かった。
「映画が好きでよかった。映画は僕に親友をくれたから」
そう伝え、親友に最後の別れを告げた。

もうすぐ、僕は死ぬ。
僕がいた世界といなくなった世界は、変わらないようで、でもきっと少し違うはずだ。
それが、僕が生きていた証。
そして、僕は最後にあの人の元へ向かった。
伝えられなかった言葉をしたためた手紙と、キャベツを連れて。
レタスが死んだ後、母のためにキャベツを庭に置いたのは父だった。
不器用な父は、いつだって家族を愛していた。
「帰ろう、キャベツ」
僕がこの世界に生まれたことに、ありがとうと言ってくれた父の元へ。
僕は、僕がいた世界に向けて、力強く自転車のペダルを踏んだ。

【感想】

良い俳優というのは、演技が上手いのはもちろんですが、もう一つ大事な点があると私は考えます。
それは、目が魅力的であること。
大きな目や美しい目だとは限りません。
たとえ、細くて小さな目であっても、吸い込まれるような何かを語るような目。
目に特別な光を宿しているのは、俳優としてとても強いと思うんです。

佐藤健さんの目は、とてもいいです。
造形自体が綺麗な目ですが、それだけでない魅力を感じます。
この映画でも、そんな素敵な目がとても印象的でした。

全体的にファンタジーを感じる映像がとても美しい映画です。
余命宣告を受けた主人公がどう生きていくか?という内容の話は結構ありますが、悪魔が現れて寿命と引きかえに次々と何かを消していく、という設定が面白いですね。
しかし、その悪魔はもう一人の自分だった、というのはありがちなオチという気もしますが、自分の余命に関してあまりにも冷静だった主人公が、やはりギリギリの精神状態に追い込まれていたのだと納得しました。

この映画で一番グッときたのは、濱田岳演じるツタヤが映画のDVDを懸命に探すシーンです。
もうすぐ死んでしまう親友のために最後の一本を探す、そんなのできません。
だけど、ツタヤと僕の友情は映画によって通じ合っていたものだから、最後の観るべき映画を選ばないといけない、でも見つからない。
濱田岳の演技がすごく良くて、ここは本当に泣けました。

この映画、観る前は恋愛ものかと思っていたんです。
うっすら内容は知っていたのですが、佐藤健と宮崎あおいの恋愛がメインなのかな~、と。
でも、全然違いましたね。
家族や親友、元彼女も含めた、人との絆の物語でした。
もし、自分が死んだとしても、世界は何も変わらないだろうな、と考えることはあります。
自分は歴史に名前を刻むようなことはしていないし、特別な功績はない。
だけど、自分と絆の深かった人達の世界は変わってしまうんですよね。

自分の死を悲しんでくれる人は、多分います。
それは仕方ないし、私も近しい人の死は悲しいから悲しませない死はないでしょう。
でも、大事な人たちが傷つくような死は迎えたくないなと、この映画を観て漠然と思いました。
自分の人生について、そして死んでいくことについて、静かに穏やかに考えることのできる映画でしたね。
どう生きていくかを考えるように、どう死んでいくかというのを考えるのは、ある意味とてもポジティブではないでしょうか?

あ、あと宮崎あおい演じる彼女が勤める映画館で「ファイトクラブ」が上映中になっていたんです。
これって、悪魔がもう一人の自分だってことの伏線なのかな~、と思ってしまいました!

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