『92歳のパリジェンヌ』のあらすじ・感想・ネタバレ~自分の気力があるうちに死にたい!92歳のおばあちゃんの決断とは…~ | VODの殿堂

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『92歳のパリジェンヌ』のあらすじ・感想・ネタバレ~自分の気力があるうちに死にたい!92歳のおばあちゃんの決断とは…~

   
 

タイトル:92歳のパリジェンヌ
公開:2015年
監督:パスカル・プザドゥー
出演:サンドリーヌ・ボネール、マルト・ヴィラロンガ、アントワーヌ・デュレリ、ジル・コーエン、グレゴワール・モンタナ、ザビーネ・パコラほか
閲覧したVOD:WOWOWオンデマンド(2018年2月15日まで視聴可)

日本も超高齢化社会へ突入し、平均寿命は83.84歳となりました。
ちなみに、男性は80.98歳に対し、女性は87.14歳で、女性の平均寿命は90歳に到達するのも時間の問題なのかもしれません…。
でも、平均寿命が延びたからといって、健康寿命はどうでしょうか?
目が見えにくくなったり、耳が聞こえにくくなったり、身体のあちこちも痛むようになって思うように動けなくなったり…、最悪の場合は認知症を発症することも少なくはありません。
私自身、自分が植物人間のような状態になったり、ひどい認知症になってしまったりしたら、尊厳死を選べる世の中になってほしい、と、ぼんやりとですが思っています。
そんな、あまり大声では言えない私の内なる思いを、主人公である92歳のマドレーヌが代弁してくれるかのような作品がこちら。
尊厳死というデリケートなテーマを扱った作品であるにもかかわらず、終始ほのぼのしながら観ることができ、とっても心強く感じた秀作です。

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あらすじ

マドレーヌ、92歳の決意

マドレーヌは90歳を超えても一人暮らしで、自分で車を運転して出かけることもできた。
だがある日、交差点に差し掛かったときに前を横切る自転車と接触しそうになったことでしそうになったことでパニックとなり、車を発進させることもままならなくなって渋滞を引き起こしてしまう。


マドレーヌが取り出したメモ帳に箇条書きにされた項目には、入浴、着替え、階段を上る、荷物を持つ、車の運転など、日常生活に欠かせない動作などがあるが、それらは1つ1つ横線で消されていて、いま、車の運転という項目の上にも新たに線が引かれた。
また1つ、自分ができることが減ってしまった。

そんなある日、息子や娘、孫たちの家族がマドレーヌの92歳の誕生日を盛大に祝ってくれた。
プレゼントは最新型の液晶テレビだ。
だが、祝ってもらっている当の本人は浮かない顔。
みんなが揃ったところで、マドレーヌはスピーチを始める。
自分の人生は夫に愛され、助産師としての仕事も充実していたし、家族と健康にも恵まれてよい人生だったとみんなに伝えるが、そこからスピーチの内容は一転する。


「長い人生だった。でも、もう疲れたの。気力がなくなって生活に不便を感じ始めたらこの世を去りたいと、前にも話したはずよ。あなたたちの負担になる前に。そして、そのときがきたの。2か月後の10月17日に私は逝きます」
祝福ムードだった家族たちはみな、マドレーヌの言葉に衝撃を受け、一気に表情を曇らせるのだった。

肉体の衰えがさらにマドレーヌを襲う

自宅まで娘と息子に送ってもらったマドレーヌだが、自分ではアパルトマンの階段を上ることもできずにいた。
そこに、隣人の青年ディディッドがやってきて「エレベーターは?」とマドレーヌに尋ねると、彼女を抱きかかえて軽快に階段を上る。


「メンテも管理費も不要だよ!」と陽気なディディッドのエレベーターに、マドレーヌは嬉しそうだ。

マドレーヌの家ではプレゼントのテレビを設置して、マドレーヌが若く、息子も娘も子ども時代だったころのビデオを3人で観るのだった。


その後、息子と娘が帰ると、マドレーヌはヴィクトリアに電話をして家族に自分の気持ちを伝えたことを報告する。

そのころ、息子のピエールと娘のディアーヌは、母親が言い出したことについての対策を話し合っていた。
母親と折り合いの良くない兄のピエールは、いっそのこと老人ホームに入れるかということも提案するが、それはディアーヌが断固として許さない。
ディアーヌは自分が責任をもって面倒を見ると兄に宣言する。

朝の4時。
マドレーヌは自分がオネショをしていることに気づいて目を覚ます。
自分ひとりでシーツや布団カバーを片付けようと努力するが、なかなかうまくできないでいた…。

ディアーヌは息子のマックスを起こして、部屋を整頓して別の部屋へ移ってもらうことを指示する。
マックスが寝起きしている部屋に、マドレーヌに来てもらうつもりのようだ。
だが、マックスはマドレーヌのことを心配する母親を尻目に、祖母は人生を楽しんでいるんだから自由にさせてあげればいいんだと反論する。

マドレーヌが汚れたシーツの洗濯をしていると、家事の手伝いをしてくれているヴィクトリアがやってきて、洗濯は自分の仕事だから任せろと言うが、マドレーヌは汚れたシーツをヴィクトリアに洗わせることはできないと拒否する。
ヴィクトリア自身はオネショで汚れたぐらいなんともないと言い張るも、マドレーヌも負けてはおらず「自分で洗えなくなったときが死ぬときよ」と返す。
ヴィクトリアはマドレーヌに優しく「年を取ればよくあることだわ。身体が衰えて当然。この先あなたにできることは死ぬことだけよ」と語りかける。
マドレーヌは「それが私の夢なのよ」と答え、二人は大爆笑するのだった。

マドレーヌは小物や長年大切にしてきた身の回りの品など、自分の持ち物の整理を始め、2時間も座りっぱなしだということをヴィクトリアに指摘される。
死後に娘や息子が片付けるのは大変だし、自分でやりたいのだと語るマドレーヌに、ヴィクトリアは「棺桶も自分で閉めるつもり?」と尋ね、また2人はその冗談で笑い合う。

マドレーヌと孫のマックスとの交流

ろくに大学の授業にも行かず、サーフィンばっかりやっているディアーヌの息子マックス。
たびたびマドレーヌのところにやってきては、自作の絵などを見せているのだった。
この日もマドレーヌに会いに来たマックスは、この前の祖母の宣言を思い返し「アルツハイマーだろ?」と尋ねる。
アルツハイマーではなく、とにかく気力のあるうちに死にたいのだとマックスに自分の思いを語るマドレーヌ。
だが、マックスはオーストラリアに行ってサーフショップを開くのだという予定をマドレーヌに話し、もうオーストラリア行きのチケットは購入済みで、格安チケットだから払い戻せないのだと告げる。
しかも、このことはまだ親にも言っていない計画らしい。
「5月に戻ってくるから春まで待ってよ。死ぬのは春がいい」と言うマックスに、マドレーヌは思わず微笑むのだった。

別の日、ディアーヌとマドレーヌは一緒に買い物に出かけるが、マドレーヌは特に何も買いたいものはないようで、最終的には服屋の試着室で眠りこけてしまっていた。
その後、2人が車でたどり着いたのは、マドレーヌのアパルトマンではなく、ディアーヌの自宅だった。
「うちに来て。私が世話をするわ」と言う娘の申し出に腹を立て、車の窓を閉めてしまうマドレーヌ。
娘のディアーヌに「何もわかってないのね。手を貸してよ」と訴える。
だが、ディアーヌは突然迫られた決断に戸惑ってしまっており、まだ認められないでいた。
母の決断を私たちに押し付けないで、と拒否しても、マドレーヌの意志は固く「まだ気力の残っている今しかないのよ」と娘をさらに説得。
だが、ディアーヌは「時間をちょうだい」と答えるのがやっとだった。

マドレーヌを自宅に送り届けたディアーヌは、ヴィクトリアと話す。
「母には独り暮らしは無理だ」とつぶやくディアーヌに、ヴィクトリアは「この家はマドレーヌの一部なのだから取り上げないで」と言う。
ヴィクトリアがマドレーヌの意見に賛成していることは明らかだ。
ヴィクトリアはマドレーヌに「一人でやるのよ。家族に伝えたのは間違いね…」と言って、歌をうたってマドレーヌをなぐさめるのだった。

マドレーヌ、倒れる

真夜中にディアーヌの自宅のベルを何度も鳴らす人がいた。
ディアーヌは母親の身に何かがあったのでは…と飛び起きるが、玄関口に立っていたのは警官に連れられたマックスで、セーヌ河でサーフィンをしていたところを保護されたのだという…。

その翌日、ディアーヌはマドレーヌの家に何度も電話をかけるが、まったく応答がない。
マドレーヌはトイレから立ち上がろうとしたときにぎっくり腰になってしまい、立ちあがることすらできないでいたのだった。
夜になってもトイレにもたれかかるようにして動けずに寝てしまっているマドレーヌ。
ディアーヌがまた電話をかけてきているが、どうしても動けずにいるマドレーヌは、必死の思いでシャワーカーテンをつかんで立ち上がろうとしたが、カーテンが金具から外れてしまい、転倒して頭を打ってしまう。


キッチンのオーブンからは、煙が上がり始めている…。

何度電話しても応答がないことに嫌な予感がしたディアーヌは、マックスにスクーターを運転させてマドレーヌの家へと向かう。
玄関でマドレーヌを呼んでもやはり応答はなく、ドアのすき間から煙が出始めていて、2人は慌ててドアの鍵を開けて中へ入る。
バスルームで倒れているマドレーヌを見つけるが、マックスはあまりのショックで凍り付いてしまい救急車を呼ぶこともできないでいた…。

病院に運ばれたマドレーヌは、命に別状はなかったものの、検査入院することになった。
ピエールとディアーヌは医師から説明を受け、身体が衰えているのでマドレーヌにはしばらく入院が必要だと言われる。
だが、母は回復を望んでおらず、家で薬を使って死にたいと言っていることを医師に伝えるディアーヌ。
ピエールは、マドレーヌは老人性のうつだから、抗うつ剤を飲ませればいいんだと言い始め、兄妹で口論が始まる。
ディアーヌは、母はうつではなく自分を曲げないだけなのだと言い、医師から母に死ぬのはまだ早すぎると伝えてほしいと頼む。

マドレーヌが日常の動作でできなくなったことが書かれているメモ帳をピエールに見せる。
「1人では生活できない」とピエールに言われるが、マドレーヌは「いえ、違うわ。死ぬときが来た証拠よ」とぴしゃりと返し、点滴の管をつけたままベッドで死ぬのはごめんだと言う。
「身体にガタがきてとても辛いの。オネショもしたし、オムツをつけなくてはならないのよ…」と語るマドレーヌの横で、ディアーヌは悲し気にうつむくのだった…。
「願いはもう1つだけ。死なせて」と言うが、ピエールは断固としてその願いを受け入れる様子はなさそうだ。

職場の同僚に、彼女の母親が入居しているという老人ホームのパンフレットを渡されるディエーヌ。
「この手の施設は老人の扱いにも慣れているし、飛び降り自殺をする心配もないわ」と語る同僚。
さらに、その同僚の友人は自殺ほう助をしたのだが、罪悪感にさいなまれて今は抗うつ剤を飲んでいるのだということもディエーヌに話す。
ディエーヌは複雑な表情を見せることしかできなかった。

マドレーヌは同室の高齢男性の話を聞いていた。
彼は心臓発作を起こして、やっと死ねると思ったのに病院に入院することになり、監禁されているような状態だと愚痴り、「自殺用の薬があれば喜んで飲むさ」と語るのだった。


2人で笑い合っていると、陽気な看護師がやってきて投薬しながら愚痴を聞いていたが「そう言わずに一緒に何か歌おう」と提案し、みんなで歌をうたうのだった。

ディエーヌの決意

母親の気持ちはわかるけど、やっぱり手を貸すことはできないと夫に語るディエーヌ。
そのころ、マドレーヌは治療を受けるようにと医師から説得を受けていた。
治療を受ければ2週間で自殺願望のことなど忘れると医師は言い、助けたいのだと力説するが、マドレーヌは生きていること自体が地獄で、法律で死なせることはできないという病院はだから嫌いなのだと言い残して医師の前から去る。

病院の外のベンチで休んでいると、1組の夫婦がマドレーヌのところへやってきた。
女性はお腹が大きく、陣痛に苦しんでいるようだ。
夫が助けを呼びに行く間、ベンチで横になった女性の様子を見てみると、もう赤ちゃんの頭が見えてきているのだった。
助産師だったころの経験を活かし、マドレーヌは赤ちゃんを見事取り上げる。


そして、母親と赤ちゃんの無事を見届けると、マドレーヌはその場に倒れてしまうのだった。

そのころ、マックスはマドレーヌの自宅の掃除をし、壁やドアを白に塗り替えていた。
その後、マドレーヌを見舞いにきたマックスは、オーストラリアへの出発が一カ月後であることを告げると、マドレーヌは浮かない表情で「私はオダブツ」と答える。

マドレーヌはまた朝にオネショをして目を覚ました。
そこに看護師がやってきて、「よくあることよ、気にしないで」と言って、残していったのは1枚の紙おむつだった…。

しばらくしてディエーヌがやってきたとき、マドレーヌはちゅうちょなくワンピースをめくりあげて紙おむつをはいていることを見せた。


「これでいいのね?」とディエーヌに問いかけると、「行きましょう」と、ディエーヌはマドレーヌをつれて病院を出ることを決意したのだった。
病室を去り際に、隣の男性に薬のことを相談できる協会のことを紹介して、マドレーヌは別れを告げると、意気揚々と病院を去る。


病院を出て車に乗った2人は、久しぶりに純粋に笑い合いながら自宅までドライブするのだった。

ピエールの抵抗

自宅に戻ったマドレーヌは表情も晴れやかだが、キッチンの使い慣れた道具が箱へ詰められ、代わりに最新の電化製品がいろいろ準備されていることに少し戸惑いを見せる。
だが、マドレーヌとディエーヌはキャビアを食べながらワインを飲み、古いアルバムを見て語り合う。


そして、ディエーヌがマドレーヌをお風呂に入れる介助をしているとき、マドレーヌが身に着けているカメオのネックレスをディエーヌに譲る。
「決めたわ。受け入れる」とディエーヌはついにマドレーヌに決心したことを告げる。
ただ、日付は知りたくないというディエーヌに、マドレーヌは「少し先延ばしにするわ」と答えるのだった。

翌日、母親の意志を受け入れたことを同僚に伝えると、「だから施設に入れろと言ったのに」と責められるディエーヌ。
堪忍袋の緒が切れたディエーヌは、その同僚に「あなたの母親のことを話しましょうよ」と言い返す。
実は彼女は母親と2年間も口をきいておらず、その理由は母親が施設のことを拒否しているからだったのだ。
そんな施設に母親を入れろという彼女に「お母さまが悲しみで死ぬ前に世話してあげたら?」と言い残して、ディエーヌはその場を去る。

マドレーヌは箱にまとめられているやかんや古いトースターを引っ張り出して使い、小物の整理を続けていると、そこに息子のピエールがやってきた。
退院したことを伝えていなかったことに腹を立てている様子のピエールは、マドレーヌが自ら命を絶つということについても話し合いたいと言う。
マドレーヌを尋問するかのように、死ぬための薬のことを聞き出そうとするピエールは「尊厳はどうでもいい。オムツをつけたって責めやしない。大事なのはどん底に落ちても愛する人と最期まで過ごすことだ!」と自らの思いを吐露する。


そして、マドレーヌが死を選ぶのは、老いることが怖いからで、そんなのは勇気ではなくうぬぼれだとマドレーヌの考えを一蹴。
やはりピエールは母親の決断を受け入れるつもりはなく、自ら戸棚やあらゆる引き出しなどを探し回って、マドレーヌが用意していた薬をすべて取り上げて出て行くのだった…。
薬を没収したことを、やってきたディエーヌに告げて、車で走り去るピエール。
悲しみに暮れているマドレーヌは「病院で死ねばいいんでしょ」とディエーヌに話す。
ディエーヌは「私が誇りに思うのはママの信念で、生き方や人生観よ。あきらめない人だわ。最後まで必ずやり遂げる」と、マドレーヌに優しく語り掛けるのだった。

マドレーヌとディエーヌ、新たな作戦

ピエールに薬を取り上げられたマドレーヌとディエーヌには新たな作戦があった。
それは複数の医師に往診してもらい、そのすべてに同じ症状を訴えて睡眠薬を処方してもらうというものだ。
8人の医師に診てもらい、それぞれから処方箋を手に入れることで、十分な数の薬を手に入れることに成功したのだった。
だが、ディエーヌはマドレーヌが銃殺処刑に合うような夢を見るなど、良心の呵責にも苛まれていた…。

ある日、ピエールのもとにマドレーヌから手紙が届く。
「私は理想的な母親じゃなかった。子どもがいるのに他人に時間を割いてばかり。仲直りしないまま死にたくないの。水曜15時に来て。待ってます。お前が好きだったケーキを焼いたわ」とそこには書かれていた。
だが、時間になってもピエールは現れず、母親のもとに行かない代わりに教会のベンチで途方に暮れているのだった…。

翌朝、マックスはディエーヌに、自身のもとに届いたメールを見せる。
「ディエーヌは自殺ほう助するつもりです。でも健康なマドレーヌは生きるべきです」と、ピエールの妻からのメッセージだった。
マックスは「殺すのかよ?」と母親であるディエーヌを責める。
親に向かって悪態をついて家を飛び出したマックスは、そのままマドレーヌの家へ向かって祖母にまっすぐに質問した。
「死ぬのをやめるつもりはないの?」
答える代わりに、マドレーヌも聞き返す。
「ここに残るつもりはないの?」
「ああ」と答えるマックスに「お互いに頑固だね」と答えるマドレーヌは「ママを頼んだよ」と伝える。
「僕にもおばあちゃんが必要だよ」とマックスは引き下がらないが、「乗り越えられるよ。信じて」とだけマドレーヌはつぶやく。


その晩、マドレーヌの自宅に泊まったマックスは、マドレーヌがジョルジュという男性とやり取りをしているラブレターの数々を目にするのだった…。

マドレーヌの秘密

ディエーヌの夫のレストランのオープニングセレモニーで、ディエーヌとピエールは再会。
マドレーヌが何度も浮気をするたび、父親が連れ戻していたことをピエールがディエーヌに話していると、そこにやってきたマックスが、マドレーヌの初恋の相手はジョルジュといって、いまでも手紙のやりとりをしていることを明かす。
「もしおばあちゃんが死ぬのをためらうとしたらジョルジュのためだ」

さらにディエーヌは夫とも言い合いをし、家を飛び出した。
道路を横切ろうとしたら、突然目の前にバイクが停まる。
ヘルメットを脱ぐと、バイクに乗っていたのはマドレーヌを担当していた看護助手の男だった。
2人はバイクに乗ってサッカースタジアムにやってくる。
看護助手の彼は誰かが亡くなるとここに気分転換にやってくるのだという。
2人はスタジアムのトラックをランニングしたあと、芝生の上に寝っ転がってすがすがしい気分を共有するのだった。

マドレーヌの家にやってきたディエーヌは、マドレーヌに宛てられたジョルジュからの手紙を目にする。
そのうちの1通には「待っているよ、一緒に生きよう」と書かれていた…。
数々の手紙を読みながらそのままソファで寝てしまったディエーヌのところに、朝になって目を覚ましたマドレーヌがやってくる。
手紙を読んだことを「許して」と謝るディエーヌに、マドレーヌは意外にも「知ってくれてよかった」と答えた。
ジョルジュはマドレーヌの計画を知らないといい、会いに行って伝えたいけれど遠すぎるし、もう遅すぎるのだとマドレーヌは言う。
だが、ディエーヌはマドレーヌを連れ、車でジョルジュのもとへと向かうことにした。

「花は死後よりも、死ぬ前に欲しいわ。葬式の花輪は寂しすぎる」と語るマドレーヌに、最期まで一緒にいないか、と提案するディエーヌ。
だが、そうしてしまうとディエーヌが自殺ほう助の罪に問われてしまうことになるからダメだと、マドレーヌは断固拒否するのだった。
途中、ジョルジュが連れてきてくれたのだという丘に寄り道し、ディエーヌとマドレーヌは美しい夕日を一緒に眺める。

最期の準備を着々と進めるマドレーヌ

ついにマドレーヌはジョルジュのもとへやってきた。
「もう会えないかと思ったよ」とハグをするジョルジュに「私もよ」と答えたマドレーヌ。


ディエーヌも一緒に3人でお茶をしたあと、マドレーヌはジョルジュに自分の決断を伝えたようだ。
ディエーヌは、しっかりと互いを抱きしめ合う2人の様子を遠くで見守っていた。
そして、マドレーヌたちはジョルジュのもとで長居することなく、来た道を引き返すのだった。

そのころ、マックスは自宅でオーストラリア行きの準備をしていた。
父親が部屋に入ってきて、荷造りをしているマックスの様子に違和感を覚えるが、マックスは「ジョルジュのところに行くんだ」と嘘をつき、オーストラリアに行くことをまだひた隠しにしているのだった。

ジョルジュのところから戻ったマドレーヌは自分の車を手放すことにし、顔なじみの業者のところに車を引き渡した。

マドレーヌを自宅に送り届けると、ディエーヌにはもう帰るように伝えるマドレーヌ。
そして、次に会うのは木曜日と指定し、その日がもう最後だとマドレーヌは告げる。
電話はいつでもしてかまわない、というマドレーヌに、「最期のときも?」とディエーヌが聞き返すと「ええ、最期のときも」とマドレーヌは答えるのだった。

翌日、ヴィクトリアがやってきて、息子のことをマドレーヌに尋ねる。
あれ以来、ピエールはマドレーヌの申し出も無視し、会いに来ていないのだ。


首をゆっくり横に振り「一番苦しんでいるのは息子よ。会えなくなるのは辛いわ」と悲し気な顔をしているマドレーヌに、ヴィクトリアは「あなたは永遠に子どもや家族とつながっている。アフリカでは死者は決して死なない。地中ではなく空気や気に死者は宿っているの。このベッドや猫にも宿ってるかもよ」と話して、マドレーヌを笑顔にするのだった。

身の回りの小物や雑貨に付箋を貼り付け、メッセージと誰に送るのかを書いて整理をしているマドレーヌ。
そしてその夜、突然立派な振り子時計の振り子が突然ゆっくりと止まり、それに気づいたマドレーヌは恐怖にも似た表情を浮かべる。

ディエーヌは「4日後に決行よ。どうしたらいいの…」と夫に打ち明ける。
夫は「大丈夫だ、俺がついているよ」と優しくディエーヌを抱きとめる。
そのころ、マックスはオーストラリア行の飛行機のチケットを破り捨てていた。

翌日、マドレーヌの振り子時計を隣人が運び出しているところにマックスがやってくる。
オーストラリアに行くことをやめたことに気づいたマドレーヌは、「いてくれると気が楽になるわ」とマックスを抱きしめる。

そして木曜日。
ディエーヌはマドレーヌの自宅で一緒に乾杯をし、食事を取っていた。
途中でディエーヌは席を立ち、たまらず涙を流す。
2人で一緒に話し、笑い、一緒にお風呂に入り、2人は最期の時間を過ごすのだった。
ディエーヌは部屋を出るとき、マドレーヌをしっかりと抱きしめる。
「怖いの」と言うディエーヌに「怖がらないで」と伝え、電話をすることを約束するマドレーヌ。
そしてディエーヌはピエールに今夜が決行の日だと電話にメッセージを残し、マドレーヌに電話をするように頼む。
家族で食事会を開き、マドレーヌからの電話を待つディエーヌたちは落ち着かない様子。
電話が鳴るが、掛けてきたのはマドレーヌではなかった。
「終わりよ。もう死んだのよ…」と泣いていたときに、マックスの電話にマドレーヌが電話をかけてきた。
気分は落ち着いているというマドレーヌは感謝の言葉を述べ「ピエールを頼むわね」と言い残す。
ピエールはそのころ、路上に停めた車の中で、やり場のない怒りにさいなまれていたのだった…。

そして、マドレーヌはついに自身の計画を実行する。
処方された睡眠薬をすべて出して細かくすりつぶし、最期のときを静かに迎えたのだった…。

まとめ・感想

このストーリーはなんと実話で、フランスの元首相であるリオネル・ジョスパンの母親ミレイユ・Jが、2002年に自ら自分の人生を終える日を決め、それを実行した話を描いたものなのだそうです。
尊厳死が認められない国では、彼女の決断はあくまでも「自殺」。
ただ、自らの人生を終わらせる決断というものがすべて悪になるのか、というと、そうとは限らないと私は思います(法律については今回考えないことを前提として、ですが)。
冒頭でも書きましたが、私自身はこの作品の主人公マドレーヌと全く同じ考えで、自分の体の自由が利かなくなったり、認知症になったりと、周囲に迷惑をかけてしまうようになってしまったら、尊厳死という選択肢が選べるのであれば、迷わずにそれを選びたいと考えています。
社会的に尊厳死ということはどうしても慎重に議論されてしまうことで、法の下で積極的安楽死が認められることはまだまだ多くの国で難しいとは思いますが、それでもやはり、マドレーヌのような考えを持つ人は多かれ少なかれいるはずです。

でも、安楽死を望んだとして、残された家族はどう思うのか…。
例えば、自分の両親がある日突然、マドレーヌのように「自分は●月●日に死にます!」と宣言したら、それをすんなり受け入れられるか…といえば、やはりなかなかすぐには賛成できないでしょうし、それが人間としての当たり前の反応だと思います。
そんな、家族の心の逡巡を、繊細かつ見事に描いた作品が本作でした。
テーマは非常にヘビーなものですが、全編通してコメディ要素がちりばめられていて、悲壮感が漂っていないのが不思議な魅力となっています。

私もいつの間にか、年齢が倍以上も違うマドレーヌに感情移入してしまい、彼女の決断を尊重するとともに、周囲にも理解してほしい!と強く願いながら観てしまいました。
はじめは母親の決断を理解できない娘のディエーヌが、だんだんと母親の考え方を尊重するようになり、最終的には全面的にバックアップをします。
ただ、息子のピエールだけは最後まで母親の想いを受け入れることはできませんでした…。
でも、それはディエーヌもピエールも、どちらも母親を愛しているからこそ見せる反応であり、ごくごく自然なこと。
どちらが正解でも間違いでもないのだと感じます。

命はかけがえのないもの、尊いもの、大切にしなければならないもの。
それは誰しもが理解していることですが、耐えがたい苦痛を強いられながらも生きることは美しいと言えるのでしょうか…?
もちろん、それが美しいと言えることもあるでしょう。
でも、すべてはその当事者である本人の意志によって左右されるべきことだと思うのです。
マドレーヌが、現在生きていることを「地獄」と表現したように、生きていること自体を苦痛と感じるのであれば、その本人にとっては日々が拷問のようなものであり、そこから解放されたいと思うのは至極当然。
マドレーヌのような生き方・死に方も、人としての選択や決断として、社会的に尊重されるべき時代にきているような気がしています。
特に、これからどんどん超高齢化社会に突入する日本では、もっと議論されてもよいことなのでは…と思いました。
若い人から高齢の人まで、幅広い世代に観てほしい作品です。

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